2012.02.21 Tuesday
『OTOMO KATSUHIRO ARTWORK KABA2』(講談社)
【担当校正者より】 いまから十数年前、高校生で、かなりの潔癖症だったころ、「これぞ!」と意気ごんでCDや画集を買うときは必ず2つ買っていた。同じモノを2つ、である。普段使い用と保存用に分けて、普段使い用は本棚に並べておいて気軽にラジカセにかけたり、鞄に放りこんだり友人に貸したりしていた。保存用は内側に布張りしたリンゴ箱に安置して、ときおり押入れから引っぱり出しては新品同様のピカピカ&ツルツルの感触を楽しみつつ、CDに歌詞カードと一緒に付属しているアーティストのスチール写真なんかをうっとりと眺めていた。 もちろんその行為は、高校生のたかがしれた経済活動を逼迫する。CDを1枚新譜で買ったら3000円、2枚で6000円。画集もだいたい同じ。来る日も来る日も、安くて大きいだけのパンを齧って貯めた小銭を握りしめてHMVに行くのだ。同じCDを2枚持ってレジに行くと、大概の店員さんは怪訝な顔つきで「いいんですか?」と目で訊き、私は決然と「いいんです」と小さく頷く。そんな過程で手に入れたブツを、大切に抱えて家路につく。要するに、やや偏執的だったのだ。 大友克洋氏の『KABA2 1990-2011 Illustration Collection』の再校作業をしていたとき、赤字照合をしているときも、素読みをしているときも、どうしてか、高校時代の記憶が蘇ってきた。本当にほんとうに欲しいものを手にした時、それは熱を持っていて、さわると温もりがあって、店のビニール袋ごしに鼓動を感じることができる気がする。 この本は、「2冊買い」する誰かがいてもおかしくない本だ。ゲラを開いた途端に、それが分かった。 ゲラに収録されたイラストは1点1点、AKIRAも、スチームボーイも、自転車モノも、BATMANも、大砲の街も、すべてがびりびりするような熱に溢れている。50×100センチにも及ぶゲラは個人デスクにはとても収まりきらなくて、ライトテーブルに広げて作業をしていたら、脇を横切っていく誰もが大友氏のイラストに視線を奪われて、横目でチラリチラリと盗み見ていく。「それ何のゲラ?」と訊かれて「大友さんのイラスト集」と答えると、「すごいね」と納得したような顔になる。 この本の引力は、並ひととおりのものではない。最初から最後まで、どのページを開いても、「えっ」とか「うわぁ」と呼吸が一瞬止まってしまうような緊張感と驚きと、圧倒的な美しさが飛びだしてきて、息をこらして前のめりになってしまう。表紙の革ジャンのイラストからして、缶バッジとジッパーに施された加工がまた心憎いくらいに効いていて、隅々までこだわりぬいて作られているのが分かるのだが、贅沢なのはp191からの「A Talk About Creating」と題された、創作について語る大友氏のコラム。自転車と創作、画材の変化、マンガと映画の取り組み方の違い……と創作にまつわるあれこれを淡々と語っているエッセイを読むと、絵を描くことだけにとどまらない「モノづくりの本質」の一端を窺い知ることができたような気がする。 校正者としてこのイラスト集の再校作業をするにあたって、「誰かの『2冊』となりますように」と心から願いつつ取り組んでいたが、画集ならではの校正裏話とか、苦労話はここでは書かない。だって、そんなコトを書いてしまって、この本の瑕ひとつない素晴らしさを損ないたくないから。 代わりに、個人的なお気に入りベスト3でこの文章を締めたい。 ベスト1:「舞踏家・麿赤兒」(イラストセクション所収) →緑の肉体と赤い花のコントラストに痺れる。 ベスト2:カミーユ・クローデルの彫刻の落書き(p198) →ラフデッサンなのに、そこに「物語」を感じてしまう。 ベスト3:モノ・マガジン自転車特集の柴犬のイラスト(p69) →自転車と柴犬の組み合わせの意外性にキュンとする。 《文責:S.K(校閲部)》
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